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神戸地方裁判所 昭和50年(ワ)1168号 判決

原告

植田みち

原告

小山竹二

原告

杉峯ササノ

原告

原田弘美

右四名訴訟代理人

松本剛

後藤貞人

被告

神戸市

右代表者市長

宮峡辰雄

右訴訟代理人

中嶋徹

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によれば、原告植田が昭和四八年八月六日、神戸市灘区水道筋五丁目一番一五号先の本件道路上を乳母車を押して歩行中、転倒して入院加療約四か月を要する右大腿部骨頸部外側骨折の傷害を、原告小山が昭和四九年三月六日、同所五丁目一番一七号先の本件道路上を自動車で通行中、転倒して加療約四か月を要する右足挫傷、右腓骨外躁骨折の傷害を、原告杉峯が昭和五〇年九月六日、同所二丁目一六番地先の本件道路上を歩行中、転倒して右足骨折の傷害を、原告原田が昭和五〇年八月二四日、同所四丁目一番一七号先の本件道路上を歩行中、転倒して加療約二か月を要する左腕骨折の傷害を、それぞれ受けたこと及びこれらの転倒事故の当時、各転倒地点の路面は、雨、散水等でいずれもぬれていたことが認められる。

二そこで、まず、本件道路に原告らの主張するような瑕疵があるかどうかについて検討する。

ところで、国家賠償法二条一項の公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうものと解すべきである。(最高裁昭和四五年八月二〇日第一小法廷判決、民集二四巻九号一二六八頁参照)が、道路法三〇条に基づく道路構造令(昭和四五年政令第三二〇号)にも、路面の摩擦係数又はすべり抵抗値についての基準は何ら定められていないので、すべりについて道路がどの程度の安全性を有すべきかについては、当該道路の位置、環境、交通状況及び一般的な道路舗装材の摩擦係数又はすべり抵抗等を考慮して、その限界を画するほかはない。

そこで、本件道路につき、右の諸点を検討するのに、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件道路は、水道筋商店街と呼ばれ、神戸市灘区水道筋二丁目から五丁目までの商店街を東西方向に通ずる幅員三ないし6.2メートルのほぼ平坦な延長四四〇メートル余の道路である。そして、本件道路上にはアーケードが設置されており、また、本件道路は、午前中及び午後一〇時以降は自動車の通行が認められているものの、右以外の時間帯は自動車の通行が禁止され、買物客等の歩行者専用となる道路であるところ、昭和四七年一〇月から同年一二月下旬ころまでの間に水道筋商店街連合会が道路を美化して客の誘引をはかる目的で、道路法二四条に基づく被告の承認を得て、テラゾタイルによるカラー舗装を行つている。

なお、右カラー舗装は、右連合会が株式会社旭大理石に請負わせて施工したものであるが、カラー舗装を行う前の基礎部分の舗装工事については、その費用の半額を右連合会が負担しているものの、被告において直接業者に発注して施工させた。

2  被告は、右承認に際し、テラゾタイルが従前のアスファルト舗装よりもすべりやすい点を考慮し、交差点内全部及び角より両側五メートル、商店街入口五メートルはすべり止めタイルを使用し、内部もすべり止めタイルを二〇パーセント使用すること(以上の条件を付したことは当事者間に争いがない。)及び路面清掃器機を備え、常時清掃を行うこと等の条件を付している。

なお、被告は、本件道路のようなカラー舗装は原則としてアーケードの設置されている道路について承認することとしており、本件道路についても、前記のとおりアーケードが設置されているところから、右承認がされたものである。

3  テラゾタイルは、建築物の床及び歩道の仕上げ材として日本工業規格(JIS)に基づいて製造されている一辺が三〇〇ミリで厚さが三〇ミリ又は一辺が四〇〇ミリで厚さが三二ミリのコンクリートタイルであり、美観のためその表面は、大理石、じやもん岩又は花こう岩を破砕した骨材と着色したコンクリート層となつており、研磨が施されている。

右のようにテラゾタイルは、建築物の床及び歩道用として製造されているものであるが、商店街の道路のカラー舗装用にも使用され、昭和四七年当時既に全国的にかなりの数の商店街でカラー舗装材として使用されており、神戸市内においても、水道筋商店街以外の数個所の商店街においてカラー舗装材として使用されている。そして、本件道路に使用されている本件テラゾタイルは、前記規格に基づいて製造された一辺が三〇〇ミリのものであり、そのほかに、前記条件に従つて右規格のテラゾタイルに約五〇ミリ間隔に直径二〇ミリの穴一八個をうがち、これにゴムを詰めたすべり止めタイルが、雨の降り込みやすい交差点及びその附近並びに商店街入口付近において全面的に、その他の場所においては部分的に使用されている。

4  前記のとおり、テラゾタイルは商店街のカラー舗装材としてかなり一般的に使用され、神戸市内においても数個所の商店街で使用されているが、神戸市内の他の商店街については、すべりを問題にして被告に苦情を申し出てきたようなことはなく、本件道路についても、原告らのグループ以外に被告又は地元商店街に苦情を申し出た者はいない。

5  現在、最も一般的な道路舗装材はアスファルトであるが、同じアスファルト舗装でも路面の乾湿、施工方法、老化などによつてすべり抵抗に差異があり、特に湿潤時においては、施工方法によつてすべり抵抗は著しく変化する(同一種類の舗装でも、すべり抵抗値の最高、最低には数倍の開きがあることもある。)ので、道路構造の高級化及び自動車の高速化とともにすべり抵抗の大きい舗装方法の研究及び実用化も行われている。しかし、道路の勾配が特に急な場合はアスファルト舗装よりもコンクリート舗装が選択される傾向にある。

もつとも、このように路面のすべり抵抗に関心が持たれているのは、高速走行の自動車との関係が問題となる車道についてのみであつて、歩道については、アスファルト又はコンクリート平板による舗装が行われるのが一般であるが、これらの舗装のすべり抵抗については余り関心は持たれておらず、ただ、神戸市内には急な坂道が多いところから、特に急な坂道については、被告において部分的にすべり止め工事を施しているところもある。

なお、建設省は、各道路管理者を指導するため、必要に応じて道路局長通達又は道路局企画課長通達により、道路構造令を補完する措置を講じているが、右通達においても、道路を舗装する場合の摩擦係数又はすべり抵抗値についての基準は定めていない。

6  本件道路は、前記のとおり縦断勾配のほとんどない平坦な道路であり、また、路面排水等のため道路中央部分がやや高くなつており、一部に五パーセント程度の横断勾配のところもないではないが、ほとんどは標準的な横断勾配である1.5ないし二パーセント程度の横断勾配である。

7  日本工業標準調査会建築部床すべり試験方法導門委員会のメンバーの一人である宇野英隆千葉工業大学教授は、日本経済新聞(昭和四九年一一月五日)掲載の「人はなぜ転ぶ」と題する論述において「一九六三年規格化された衝撃式床すべり試験器(振子型)によつてすべり抵抗値を引き出せるようになり、普通0.3を中心として、それ以上はすべらない、それ以下はすべると判定している」と述べている。

右のような事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三そして、更に、〈証拠〉を総合すれば、本件テラゾタイルと同種のテラゾ平板三枚及び歩道舗装用のコンクリート平板三枚のJISA一四〇七床の試験方法(振子型)による試験結果は、テラゾタイルのすべり抵抗値が湿潤状態(水に一〇分間浸したのち、二分間温度二〇度、湿度六〇パーセントの試験室内に静置した状態)において平均0.49、気乾状態(右湿潤状態の試験後試験室に二週間静置したのちの状態)において平均0.44であり、歩道舗装用のコンクリート平板三枚のすべり抵抗値が湿潤状態において0.62、気乾状態において0.77であつたこと及び前記宇野教授のいう一九六三年規格化された衝撃式床すべり試験器(振子型)と右のJISA一四〇七とは同種の試験器であり、この試験器は試験片上をステンレス製のすべり片がすべるときに消費されるエネルギーを測定してすべり抵抗値を測定するものであることが認められる。

四右認定事実によれば、テラゾタイルは一般的な歩道舗装材であるコンクリート平板よりもすべり抵抗値が小さく、〈証拠〉によつてもうかがわれる従前のアスファルト舗装よりもすべりやすいという本件道路利用者の体験的認識とも合致する。

しかし、前記三で認定した各事実、ことにテラゾタイルは日本工業規格(JIS)に基づいて歩道に使用されることをも予定して製造されているものであり、本件テラゾタイルと同種のテラゾタイルのすべり抵抗値は湿潤、気乾いずれの状態においても0.4を超え(もつとも、この試験結果は、湿潤状態のすべり抵抗値が気乾状態のそれよりも大きく、一般の常識と矛盾する結果となつているが、右試験では、湿潤状態とはいつても、試験片を水から出したのち二分間静置しているため、水分がある程度蒸発及び吸収され、また、水に浸したことによつてほこりなどが除去されているのに対し、気乾状態の場合は、試験室に二週間静置しているので、ほこりなどの影響が出ていることも考えられ、他方、ぬれればすべるという一般常識は水が載つている状態を予想しているところから、右のような矛盾が生じたのではないかと思われる。)、床のすべりの専門家である宇野教授がすべらないとしているすべり抵抗値0.3以上の部類に入るうえ、本件道路は、ほぼ平坦な道路であつて、横断勾配も標準的なものであり、一部に五パーセント程度の横断勾配のところもないではないが、この程度ではすべりについて特に注意しなければならないほどの急勾配とはいえず、更に、本件道路は、買物客等の歩行者の通行を主たる対象とした道路であつて、自動車の通行は大巾に制限され、その位置、環境、幅員からみても、車両(軽車両を含む。)の高速走行を予定したものとすべきであるとはいえないことなどの点に、すべりは路面の性状のみに起因するのではなく、歩行者のみについて考えてみても、当該歩行者の歩き方、履いている履物の種類、これが擦り減つているかどうかなども関係することを合わせ考えれば、本件テラゾタイルによる舗装が従前のアスファルト舗装と比べてある程度すべりやすくなつているとしても、いまだ道路として通常有すべきすべりについての安全性を欠いているということはできない。

五もつとも、〈証拠〉を総合すれば、本件道路は、降雨時、交差道路や家屋の切れ目などから雨の降り込み及び傘のしずくなどによつて路面がぬれ、これに通行車両のタイヤ及び歩行者の履物に付着して運び込まれてくる泥なども加わつて特にすべりやすくなることが認められるが、これはテラゾタイルによる舗装に限られた現象ではなく、その程度に若干差があるとしても、アスファルト舗装当時においても同様の現象が起つていたほずであり、また、泥水によつてすべりやすくならないように常に完全な清掃を行うべき義務が被告にあるとも解し得ないので、ぬれた場合にすべりやすくなることをもつて、道路として通常有すべき安全性を欠いた瑕疵があるということはできない。

また、〈証拠〉を総合すれば、本件道路の利用者のうちかなり多数の人がすべつたり、すべりそうになつた経験を有し、本件テラゾタイルによる舗装は従前のアスファルト舗装よりも危険であると思つていることが認められるが、前認定のとおり原告らのグループ以外に被告及び地元商店街に直接苦情を申し出た者はいなかつたという事実に照らせば、これらの者の中には本件道路のすべりを切実な問題としては考えていない者も多いことがうかがわれ、更に、泥水でぬれた路面で足をすべらせるというようなことは、テラゾタイル舗装でなくても日常起りうることであるから、右のような事実が存在するからといつて、直ちに本件道路に瑕疵があるということはできない。

次に、原告らは、本件道路は、すべりに対する安全性についてアスフアルト舗装当時と比べて明らかな有意の差が認められるから、安全性に欠陥があるというべきである旨主張するが、前記認定のとおり、道路のすべり抵抗は、舗装材の種類によつても、また、同種の舗装材でも施工法によつて大巾に変りうるものであるから、単に有意の差(それが明らかであるとしても)が認められるというだけで安全性に欠陥があるということはできない。

従つて、原告らの右主張は採用し得ない。

六以上のとおりで、本件道路について瑕疵を認めることはできないから、右瑕疵の存在を前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

七よつて、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(笠井昇)

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